トコトコ中国バスの旅 |
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▼永定
− 客家のふるさと“土楼”を訪ねて [2007.12.28(金)、29(土)、30(日)、31(月)]
【旅日記】
2007.12.28(金) 直通便が無く、汕頭で乗り換える事にして出発
18:40、自宅出発。先ずは体育西路で腹ごしらえ。 火鍋屋は相変わらず行列。年末の夜でもこんな姿で外で待っていられるんだから広州は良い。 |
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腹ごしらえしたのはココ。 セレクトは焼肉丼。16.5元。 出来た当初は直ぐに潰れちゃうんじゃないかと心配したが、味もまあまあ、リーズナブルな値段で店内はほぼ満員。もう暫く頑張って下さい。 |
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天河城のネオンを見るのも早や3回目。 |
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深夜バスに備え、お握りとビールを仕入れ。 |
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天河大厦から出発。一番遅いと聞いた20:00を買ったが、0:20が有ったかも。 中央が汕頭行き。外見はしょぼいが革張りワイドシートの豪華仕様。 |
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ほぼ定刻に出発。滑り出しは順調。 |
2007.12.29(土) 計画ガタガタ、土楼に辿り着かず
1:45、無事汕頭に到着。案の定、早過ぎ。こんな真夜中に着いても、、、地球の歩き方を頼りに取りあえず永定行きの有るバスターミナルを目指して歩き出す。が、現在位置はもちろん方角すら分らない。困った。 何とか辿り着いたが開いていない。しかしこれは想定内。この場合はマックで時間を潰す計画。ところが近くにマックが無い。随分戻った所に1軒有ったがそこまで行く気にはならない。 夜が明けたら直ぐに汕頭を出発。折角だから旧市街のノスタルジックな建物を見ておこうと、当てずっぽに南へ歩いてみた。 歩けど歩けど見つからない。余り遠くへ行くと戻れない可能性が有るので2つ目の橋を渡った所で対岸を元の方向へ戻った。そこでそれらしい建物を一つ発見。 この女神は中山公園南門前。 |
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4:45頃、バスターミナルへ戻り開門を待つ。5:55、開いた。早速7:30の永定行きを、、、が、14:00しか無い! 寒いし腹は減るしトイレにも行きたいし、取りあえずマックへ行き計画練り直し。 マックで居眠りしながら「こうなったら汕頭観光だ」と決めた。汕頭は2度目だが観光は全くしていないし、街の雰囲気も覚えていない。 7:30、気を取り直して再出発。朝市を横目に、海の向こうの礐石風景区へ行くためフェリー乗り場を目指す。 あっちゃこっちゃに生ゴミを捨てるからネズミが多い多い。新年の干支だから良いか。 |
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これが密漁取り締まり船!?小さなモーターボートも積んでいた。 船の向こうに見えるのが礐石風景区。 |
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岸壁では色んな人が夫々の趣味を楽しんでいた。平均年齢60数歳? |
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漸くフェリー乗り場を発見。このフェリーにはバイク、自転車、人が乗れる。1元/人。 |
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以前は車用も有ったが今は立派な有料の橋ができ便利になった。 |
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写真奥が東、左岸が北なのだが今でも方向が180度逆転。夜着いたのが効いたなー。 |
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これが目指す“飄然亭”だと思っていたら違っていた。 |
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フェリーの乗り心地は中々快適。 帰りはバスでこの橋を渡った。 |
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これが目指す“飄然亭”だ!やけに遠いぞ。 地球の歩き方によると「飄然亭から眺める汕頭市内の風景は素晴らしい」らしい。時間もたっぷり有るし、気を取り直して歩き始める。 |
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3輪バイクが公園入口まで3元と声を掛けて来るが、歩いている人も多く断った。 |
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しかし、上り坂が続き、後で少し後悔。 |
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公園入口前に趣のある建物。 何と今は派出所。 |
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10元払って公園に入ると、ちょっとわざとらしい滝が出迎えてくれた。 しかし、飄然亭への行き方が分らない。ここも表示が不親切。 |
飄然亭より。ヒーコラ、ヒーコラ言いながら登った甲斐有り素晴らしい眺め! しかし、空が曇っていて市内は良く見えず残念。 |
こんなところを上り下り、 |
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挙句の果てには元の場所に戻り、、、くたびれた。 |
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ここにはゴンドラにスライダーと、100mぐらい離れた所まで人を宙吊りにして渡すアトラクションもあり。 |
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しかし、どれも危なそう。 |
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下山し公園を出た所で煎餅を食べながら歩く小姐とすれ違う。食べたくなった。 その店を道端で発見! |
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何とレタス入り!これは初めて。美味い、美味い。2.5元。 10年前の北京は7角。物価は上がった。 |
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汕頭のもう一つの観光ポイントが媽嶼島の媽祖廟。媽嶼島は駅の方なのでこのバスに乗れば行けそうな気がする。色気を出してチャレンジ。 バスは大橋を渡って大陸へ戻るとUターンする様に岸壁に向って走り始める。暫くすると、旧市街の街並みが現れた! 旧市街を抜け、新市街も抜け街の反対側にある駅に到着。媽嶼島へのフェリー乗り場に向け歩き始めるが、永定行きのバスに間に合わなくなると困るので引き返し、同じバスで旧市街へ行った。 |
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夜中に目指していたのはこれ! 2つ目の橋で戻らず、そのまま真っ直ぐ行っていればここに出ていたんだ。 |
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今も平然と使われていて趣がある。 |
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往時はどんな所だったのだろう? |
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普段は気にせず当たり前の景色になっている広州の旧市街も、ここと同じ雰囲気だ。 |
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商売の神様はご立派。 |
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左隣の建物は今にも崩れそう。 |
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普通に使われているのが面白い。 |
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古い映画で見る様な街並み。 |
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多くが文化財として保護されているそうだが、どんどん巨大ビルに変わって行かないだろうか。 |
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のんびりしていて良い感じ。 |
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旧市街中心のロータリー。 真ん中の鉄塔を交換するようだが危なっかしい作業。 |
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これが夜中に発見した建物! また巡り会うとは思いもよらず。 |
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女神像を写したのは森の向こう側。 |
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最初から目を付けていた出発バスターミナル近くの食堂。 夜中も朝もやっていた。24時間営業のようだ。 |
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このお兄ちゃんの作るモノが気になって |
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トレイに練った小麦粉を行き渡らせ、それを蒸す。そして、具となるミンチ、ねぎ、レタス、卵を掛けグルグル巻きにして油、醤油と何か分らない物体を掛けて、、、 |
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この通り出来上がり。 |
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これが名物らしく、皆食べていた。 期待通り美味しかった!3元。 |
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さあ、いよいよ永定へ出発。 夜またココに戻り、広州行きのバスに乗る計画だったが、、、 |
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このバスは酷かった!ガタガタうるさいし、隙間風は酷い。後でその訳が分った。 |
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14:03、出発。あっちこっちで客や荷物を拾いながら、市街に出たのは15:20。 |
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市内も含めて延々6時間、生涯最高の悪路だった!あれじゃあ車はもたんよ。 最初の2時間ほどは田園風景の中。その後はどんどん山の中へ。 20:45、永定へ到着。運転手、車掌も含めて最初から最後まで乗っていたのは私だけ。 バスターミナルで地元のオッチャンに「まだ何処かへ行くのか」と声を掛けられた。地球の歩き方を見せようとしたら「字は読めん」だって。どう見てもこれ以上進めそうに無いので永定泊まりに決めた。 |
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先ずは腹ごしらえ。一通り物色してココに決めた。このオッチャンは「土楼は300年経っていて夏涼しく冬暖かい。うちは30年しか経ってなくて夏暑くて冬寒い」と壁を叩きながら教えてくれた。 |
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看板の一番上の“牛腸肚湯”と炒飯、ビールを頼んだ。 |
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炒飯も、酸っぱいスープの牛腸肚湯もとても美味しかった。全部で14元。 |
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宿も一通り物色してこの“如意賓館”に決めた。トイレ共同、シャワーなし。20元。 |
2007.12.30(日) 土楼を堪能。苦労した分、感激一入!
朝、トイレに行く時部屋のドアを閉めたらオートロックで開かなくなった。服務員を探しても見つからず、結局体当たりで開けた。あんなに簡単に開くなんて、、、 さあいよいよ念願の土楼へ。しかし、今回は辿り着くまで不安だった。 「どれも同じでしょ」ぐらいのつもりで良く下調べしなかったのは失敗。結果的に良い所に行けたが、ぼられた感が強い。もしかしたら土楼民族文化村だけでも良かったかも? |
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オートロック事件により30分ロスし、7:10にバスターミナルへ到着。 |
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切符を買う前にオヤジに声を掛けられ、車まで連れて行かれ乗り込んだが切符の無い事が分ると買いに行かされた。 汕頭行きは7:10の1便。広州行きも有ったが7:20発。帰りは厦門経由に決定。 |
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7:30、定刻通り出発。 |
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特設補助シートが登場するほどフル乗車。 |
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山裾に土壁の家が見えて来た。 |
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道路沿いの新しい建物はレンガを積みタイルを貼るもの。昨日の食堂よりも暑くて寒いだろうなー。 |
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食堂のオッチャンは土楼まで30分と言っていたが走れど走れど着かない。 1時間以上経って漸く近付いた事が分る看板が見えホッとした。そして、バスを降りたらどうすれば良いか考え始めたのも、えらい距離であちこちに散らばっているこの看板を見た時から。 |
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「ここだ」と車掌に言われて降ろされた。フロントウインドの行き先表示から、てっきり土楼が終点だと思っていたのでビックリ。 怪訝な顔をしていると「背包客騒站に行けば良いから」と言う。降りたら小姐が一人寄って来た。それが背包客騒站の店員だった。 取りあえず店に入り話を聞いた。泊まるのか、何処へ行くのか、ここが良い、悪いなど色々話してくれた。12:30にここから厦門へ行くバスがある事も分った。 |
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バスを降りたのは土楼民族文化村の門前。だから土楼に間違いない。良かった。宿で泊まるなら、ここまでは昨日来ておきたかった。 例の小姐が言うには、ここは門票が50元する割りにみやげ物売りばかりで良くないとのこと。その言葉を信じ入らず。 |
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土楼民族文化村の目の前にある“環典楼”。 そう言えば地球の歩き方にここに、文化村の前の土楼に泊まった人の記事が有った。きっとここだ。 例の小姐、付いて来て、ここの事も説明してくれる。築300年ぐらい。良く聞くと、彼女の家だそうだ。中にも入らせてくれた。入場料取らずに開放。素晴らしい! |
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傍で見ると凄い迫力!苦労して来た甲斐あり! |
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壁は、竹で骨組みを作り、泥を積み上げたもの。 |
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4階建て。 かなり痛んでいる。既に崩れ落ちているところも少なくない。 |
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1F厨房、2F倉庫、3F/4F住居。 こんな山の中でも一族が暮らして行くための知恵だねー。 |
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今にも全体が崩れそうで恐ろしい。 |
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良くこの状態で生活してるわ。 |
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カモの隣ではオバちゃんが洗濯をしていた。そう言った生活排水は全部垂れ流しなので残念な事にどこも川の水が汚い。 |
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環典楼のガイドをして貰ったので背包客騒站に入った。お茶をご馳走して貰いながらどこを見ると良いか更に話を聞く。 ここには日本人が泊まっているそうだ。彼らは包車し、100kmほど離れた所へ出掛けたそうだ。いったいどんな人だろう? 時間の無い私には、一番美しいと言う“田螺坑土楼群”方面を薦めてくれた。包車は高いので足はバイクを勧めてくれる。しかも、流しは危ないので呼んでくれると言う。値段は勿論交渉だが「何と言われても150元」とまで言われ、、、 |
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程なくして愛想の良いオッチャンが登場。言い値は160元。う〜ん、出来過ぎだとは思うが、まあ150元で良いやと思い交渉。 走り出したのは良いがヘルメットは無いし、兎に角寒い!ちょっと後悔。 バイクはどんどん山奥へ。とても風光明媚。 |
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この土楼、泊まれるらしい。折角ならこう言う所に泊まってみたかった。 地球の歩き方によると、土楼の宿泊は3食セットになっているらしい。これも魅力。 |
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走るバイクのRrシートから撮影。どんどん山奥へ。 |
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田螺坑土楼群が見えてきた。(これも走りながら撮影) 山の中腹にある。すぐ下には棚田が広がる。 |
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田螺坑土楼群。確かに素晴らしい! 宇宙からの衛星撮影で写ったそうだ。 この撮影が出来る場所は有料。20元。高いなーと思ったが、土楼見学とセットだったので実は大変お得だった。 |
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中では日常生活が普通に営まれている。 |
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この土楼、一つ一つはコンパクト。 |
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珍しい楕円形の土楼。 |
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中はとても清潔。 |
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この山の中腹じゃあ大きなものは作れなかったんだろう。 |
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どこの楼も正面に祭祀や婚礼などを行う祖堂がある。 |
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四角形の土楼。 |
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素晴らしい所だった!(今度は止まって撮影) |
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この辺りは川沿いに土楼が点在。 |
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裕昌楼。門票5元。 |
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築700年!最古。しかも現役。 |
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5階建て。 柱のグネグネ具合を見ると、ここも今にもグシャっと潰れそう。 |
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人々の生活は世間一般と何も変わらない。 しかし子供と年寄り以外は見ないなー。 |
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家の中に井戸があるから見に来いと誘ってくれた。 |
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登るのは恐ろしかったが、上からの眺めは素晴らしい! |
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裕昌楼の立派な祖堂。 |
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高頭地区の五角形土楼。 |
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周りはみな四角形なのだが。 |
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最大の“承啓楼”。門票30元。 |
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余りの大きさでカメラに収まりきらない。 |
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十分見たのでここは中に入るのは止そうと思っていた所に、 |
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写真のオッチャンが持って現れた写真集を見て気が変わった。もちろん写真集を買った訳ではない。 |
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この2枚の写真(と同じ様なの)を見せられガツンと来た。 |
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城を取り囲む武家屋敷の様で凄い迫力。(写真がヘボいなー) |
細かな所まできちんと作り上げられていて感動。 |
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中層階からの眺めも素晴らしい。 |
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ここももちろん生活空間。 |
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皆が祖堂を大切にしているのが一目で分る。 |
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どこを見ても絵になる。 |
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土楼観光を終え冷え切った身体で背包客騒站に戻り約束の昼食。 絶対食べようと思っていた客家料理。でも一人じゃこれくらいが限界。朝方からお腹の調子も良くなかったし。3人いたら野豚料理を食べたかったなー。 どっちも美味しかった。ビールを1本飲んで合計30元。 |
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並びの店で厦門行きのチケットを購入。65元。良かった、これで朝までに広州へ帰れそうだ。 12:26頃、バスが登場。土楼が始発だと思っていたら、永定からの便だった。 |
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16:00、厦門の街が近付いて来た。随分居眠りした。 |
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16:20、春節の時と同じバスターミナルへ到着。知ってる所で良かった。直ぐに広州行きを買いに行くが、最速が19:10。 |
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時間が出来たので前回食べそびれた「海蛎煎」を食べるために中山路を目指す。 厦門の地理は完璧。地図無しでOKと思っていたら、ちょっと迷った。過信は禁物。 |
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無事中山路へ到着。 こんなモニュメント有ったっけ? |
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歩行天は相変わらず賑やか。 |
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日本人観光客も多かった。 |
取りあえず岸壁に出て鼓浪嶼を見て街へUターン |
粘土人形のオッチャン、ずっとやってんね。 こっちも前と同じで厦門を歩いていたら左足の小指に水脹れが出来て痛くなって来た。 |
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中山路から路地に入ると「海蛎餅」のオッチャンがいた。 これも食べたかったが、「海蛎煎」を食べたらお腹も膨れたし、具合も良くなかったので今回はパス。次回食べましょう。 |
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ここ、ここ。前回お腹いっぱいで断念したところ。 店の外も中もごった返していた。 |
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これが「海蛎煎」。お好み焼きの生地と具の量が逆転したようなもの。6元。 “海蛎”とは、カキのこと。 |
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お腹の具合が良くなかったせいか、皆がこぞって食べている味が感じられなかった。また今度チャレンジだ。 |
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この店は色々な物が人気。次は色々食べてみたい。 腹ごしらえも済み、時間も丁度良いのでバスターミナルに戻った。 19:10、定刻出発。バスは寝台。嬉しい事にベッドが長いのでゆっくり横になれる。そんな良い環境で、何度か目は覚めたものの、出発から到着までほぼ眠り放し。余程疲れていたようだ。 |
2007.12.31(月) ’08年も中国を楽しもう!
4:45、天河客運站着。タクシーで家へ。このタクシーでもう一揉め。アグレッシブな一年でした。 |